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第23回近畿作文の会大会

 投稿者:かばのしっぽ  投稿日:2012年 5月16日(水)06時51分30秒
  今年も近畿作文の会大会が近づいてきました。
昨日和歌山から大会提案資料が送られてきました。
和歌山のみなさんの意気込みを感じました。
ぜひ大勢ご参加いただければと思います。
午前中は西條昭男さんの講演「ぼくのことおぼえておいてほしい」
午後から小学校低・中・高学年の日記作文教育など5つの分科会討議です。
◆日時 2012年5月26日(土)10:00~16:00
◆会場 和歌山市勤労者総合センター
   (和歌山市役所西隣 和歌山市西汀丁34 ℡073-433-1800)
    JR和歌山駅から「和歌山バス」で「市役所前」下車すぐ
◆参加費 1500円(資料代を含む)
 

そうかも知れません

 投稿者:共結来縁  投稿日:2012年 4月27日(金)14時29分32秒
  有り難うございます。

明治生まれの祖父母に養育されていたからなのか、自分自身がものすごく注意されてきたこともあって、個人的に言葉遣いに関することに敏感になっていることも確かです(因みに祖母はもうすぐ102歳を迎えますが健在で、今だにあれこれと注意を受けます…)。

しかしながら仰る通り、日本語で表現しきれなかったり、日本語で表現すると少々キツめの印象を与えてしまうと判断したりした場合に、それらを該当する外来語に置き換えることによって、ニュアンスを伝えたり、印象を和らげたりといった効果を狙うということはあります。そう言った意味では、『人員削減』『食事療法』と言うよりも『リストラ』『ダイエット』と言った方が、少なくともそれらの言葉が目や耳に飛び込んできた時に、よりマイルドな印象になる…といったことはあると思います。

そんな便利なものとしての観点からは、生活の中で外来語を取り入れることについて否定は致しません。ただ、特に『リベンジ』については、訳せば『復讐』というあまりにもおどろおどろしい言葉になってしまうので、こういう言葉については、大人達が元の意味をしっかりと把握した上で、子供達の前では使うことを極力控える等の配慮は必要だと思っています。

たまに生徒達とこのテの話をすることがあるのですが、理解力に乏しいと言われて久しいゆとり教育世代の子供達でも、こちらがかみ砕いて少しずつ伝えてあげることによって、きちんと理解してくれるものです。せめて彼等には、きちんと言葉の使い分けが出来る子供達になってほしいと思っております。

http://blog.goo.ne.jp/johannsebastianbach_1971

 

拝見いたしました

 投稿者:かばのしっぽ  投稿日:2012年 4月23日(月)20時57分34秒
  共結来縁さま
はじめまして。
奈良三名椿ご覧いただきありがとうございます。
確かに大和は魅力的なところだと思います。
私は仏像から奈良とのご縁がはじまったのですが
大和の社寺の花々は京都とはまた少し違った魅力があるように感じます。

「リベンジ」「リストラ」「ダイエット」について書かれておられるのを読み
そういう意味だったのかと自分の無知を恥じるばかりです。
日本で使われている外来語が
本来の意味とは無関係に意味を持って使われることは
古来あったのではないかと想像しています。
先ほどあげた外来語が
今使われている意味で現代日本で使われることに意味があるように私は思います。
他の日本語では時代の息吹が表現できないのではないかと思っています。
 

はじめまして

 投稿者:共結来縁  投稿日:2012年 4月22日(日)10時31分2秒
  はじめまして、神奈川県に住まう者です。《奈良三銘椿》を検索していて、こちらの画像のページに行き当たりました。

私は奈良が好きで、最近こそ御無沙汰しておりますが、一時期は年に一度は必ず訪れていまして、2010年の平城遷都1300年祭の春に奈良を訪れた際に伝香寺さんを訪ね武士椿を見て写真に撮ることができました。しかし、良弁椿は携帯写メールでは距離が遠くて写真に撮れず、白毫寺までは足を伸ばせませんでしたので、結局伝香寺さんしか撮れずにおりました。

その後、私のブログで椿の花の写真をアップした際にアーカイヴスとして奈良三銘椿の話を書き、そこに唯一画像を持っていた伝香寺さんを載せたのですが、やはり片手落ちの感が拭えず、参考画像をあちこち探しておりました。そうしたら、こちらでは逆に伝香寺さんだけが欠けておいでだったようでしたので、リンクさせて頂ければ画像が揃うと思い、ブログ内にリンクを貼らせて頂きました。御挨拶と順番が前後してしまい申し訳ございません。

私も人にものを教える者として言葉に気を使い、また関心を持っております。国語教育の頁等は、私にとっても大変興味深いものですので、またじっくりと拝見させて頂きます。以後、何卒宜しくお願い申し上げます。

http://blog.goo.ne.jp/johannsebastianbach_1971

 

今日です

 投稿者:かばのしっぽ  投稿日:2012年 4月14日(土)06時46分16秒
  かまきりりゅうじさん
ご参加くださるとのこと
ありがとうございます。
朝から雨が降っていて
「やめとこう」と思われる方もおられるのではと心配してます。
表現することの大切さと楽しさが確かめられる研究会にと思っています。
 

参加

 投稿者:かまきりりゅうじ  投稿日:2012年 4月 9日(月)23時21分41秒
   主催者のみなさんご苦労さまです。
 生活綴方に惹かれて参加させてもらいます。
 綴方・作文が綴方・作文であるためにこの大会に期待して参加させてもらいます。
 

第25回生活綴方研究大会

 投稿者:かばのしっぽ  投稿日:2012年 4月 9日(月)16時46分40秒
   今週土曜日に作文教育の研究大会をします。
 詳しい内容についてはこのHPの研究会案内を見ていただけたらと思います。
 講演者のお一人、坪内捻典先生のお話を私は楽しみにしております。坪内先生は私同様カバ好き人間なのです。「カバに会う~日本全国河馬めぐり~」(岩波書店)という本を出版されています。ま、あんまりカバが好きという方もおられないと思うのですが、日本にある動物園などの施設にいるすべてのカバに会いに行かれたました。相当珍しいことと思われます。演題が「言葉が開く」です。「言葉で開く」でも「言葉を開く」でもない言葉の持つ力について講演くださることでしょう。
 もうお一人の講演者、勝村謙司さんは大阪の小学校の先生です。私は今日本の先生たちに一番聞いてほしい話をされる方だと思っています。様々な困難がある教師という仕事ですが、その奥深さと楽しさをぜひ聞いてください。
 そのほかの内容についても私は自信を持っておすすめできます。実践報告のお二人は、今学級担任が丁寧に見ていきたい「不登校」と「発達障害」についての報告です。作品研究は私たちの作品の読み方を提起します。
 きっと4月の今こそこういう研究大会をすることは意味があると判断し、今年から設定しました。なお、坪内先生のお話だけという方も歓迎です。教職にある方もない方も参加をお待ちしております。ぜひお越しください。
 

悟り

 投稿者:円空と木喰 信者  投稿日:2012年 3月19日(月)21時19分59秒
   先生、お説のように小生も得心が出来ませんでしたので、臨済宗妙心寺派の和尚様に教えを請いました。
 和尚様は、「微笑している仏様の心をみすかして下さい。自分の心が洗われるとすばらしいですね。」読み終わると即座に「何と素晴しい 襌 の教えが籠められた良い文章です」と教えて頂きました。
 又、和尚様は『みすかして』の触りは『悟りを開く』と説かれました。和尚様から『悟り』について色々と教えて頂いたのですが、文法では可笑しいが、襌の教えでは間違いないとも教えて頂きました。
 もう一度、曹洞宗の住職様に例の掲示されていた文章を読んでもらおうと思います。そして自分なりの結論を出したいと考えています。
 眼に留めて頂いた方々のご意見も賜りご指導をお願いします。

 先生のお手を煩わしご厚情に感謝します。
 

拝観

 投稿者:かばのしっぽ  投稿日:2012年 3月18日(日)10時07分36秒
  私はそれほど多くの円空さんを訪れたわけではありませんが
何カ所かのお寺の住職が円空さんを公開しない理由を語られるのを聞きました。
それは「円空と木喰 信者」さんがお書きになっていることだろうと思います。
あまりにも来る人のマナーが悪いとおっしゃるのです。
見学と拝観の違いを理解していないということでしょう。
お寺にしたら信仰の対象である仏様に手も合わせないことが
信じられない思いになられるのでしょう。
こういうことをお伺いするたびに私自身のことを省みます。
私の態度が果たして拝観といえるかどうか自信がありません。
若い頃は仏像が大好きでしたがその教えとは切り離していました。
だからどこのお寺へ行ってもお賽銭は入れましたが手は合わせませんでした。
その方が自分の気持ちに忠実だと思ったのです。
しかしこの考え方そのものが傲慢であることになかなか気づきませんでした。
今は手も合わせますし般若心経もあげますが
信仰心がそうさせるのかどうかといえば自信がありません。
私はそういうお寺からいえば不心得なものでも
許し教え諭してしまうのが仏教の懐の深さではないかと思っています。
これからグローバルな世界でやっていくには
様々な宗教の方たちと共存共栄していくことが大切です。
博物館や美術館や大寺院の仏像見学慣れしたものが
円空さんや木喰さんのおられるお寺やお堂で
信じられないような振る舞いに及ぶことは、思えば仕方ないことかもしれません。
今檀家制度から自由になった私たちは
お寺に足を運ぶことがなくなり、お寺とのつきあい方を知らぬのです。
それでも縁あってお寺を訪れている者です。
きっと広く深い心で受け入れていただけるのではないかと信じています。

ところでお書きになっている「おまいり」の一説
「微笑している仏様の心をみすかしてください」
の「みすかす」がどうもひっかかってしまいます。
「足もとを見透かす」とかいうときには
相手の悪意や意図的に隠そうとしているものを暴くという意味で使うように思います。
もともとは真相を見抜くという意味なのでしょうが、
仏様に使うのは如何なものかと気になりましたが、間違っているでしょうか。
 

拝観する心得

 投稿者:円空と木喰 信者  投稿日:2012年 3月17日(土)21時33分18秒
        おまいり(朱墨)
   仏様は拝  観するものです。
    見学するものではありません。美術鑑賞の対象でもありません。
   堂内の静寂の中で両手を合わせ、じっと尊顔を
   観察し、微笑している仏様の心をみすかしてください。
   自分の心が洗われるとすばらしいですね。

 上記の言葉は、静岡県藤沢市岡部町 十輪寺蔵の子安地蔵菩薩像と虚空蔵菩薩像を拝観しました時に掲示されていて印象に残った文章です。
 平成24年2月に藤枝市内の木喰仏拝観ツアーに参加グループのTさんにご無理申しまして、掲示されていた文章の写真が手元に有ります。
 その言葉をしみじみ味わい、自惚れた心を戒めて自己反省をせねば成らないと小生は思考の最中です。誤字脱字は何時も当たり前の浅学無教養な文面に眼を留めて頂きました方々には恐縮しています。
 法隆寺蔵の円空が造顕した大日如来像の稿は、短大の美術教授でしたS先生から良く書けてるよって、声かけて下さったS先生は黄泉の国に逝かれて20年たちましたが、自分自身ではホームランを打った気分でした。大先生に叱責されて会を退会しようか迷いが芽生えた時には、そっと救いの手を差し伸べていただいた先生。そして、円空仏と木喰仏の写真撮影など家内の助けを借りて何と無く日時が過ぎてしまいました。小生の自己反省と懺悔です。
 旅行会社が企画した拝観ツアーに参加しますと、仏像仏具什器に興味のある人や結界を踏み越えて本尊様を眺めている人など様々ですが、立つ鳥跡を濁さずの例えの様に、十輪寺の教示を忘却しないように拝観しますと、またの日に拝観の時には快く受け入れて頂けますでしょう。

 全国木喰研究会の諸先生方のお供し、木食白道の足跡を訪ねて山梨県甲州市塩山地域に一度参拝したのみにてそれほど探究はしてません。円空さん木喰さんとて同じで、二度ほど偶々ホームランかヒットが打てただけです。仏像の写真撮影のみが自己満足できたりしてるのが現状です。

 木食行道は「木 食」と書きますが、寛政4年(1792)以後は口偏の「木 喰」と書くのが定義であると教えて頂きました。したがって「行 道」が北海道で修行していた頃は「木食」と書くのが正解なのです。このような知識が頭の中に入るのに長い時間が掛かるようになりまして、息子達へ文章としての有様を残せれば親父の「何事も努力」の願望が伝えられればと思います。

                                      合  掌

 
 

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